28番札所:西福寺(通称:開運不動尊)
ご詠歌
袖ヶ浦 御法の舟を たづぬれば 大師えがきし 御影とこそ聞け
宗旨 |
天台宗 |
御本尊 |
阿弥陀如来 (県指定文) |
寺宝 |
胎内仏三体 (県指定文) / 地蔵菩薩 (伝・行基菩薩作) / 阿弥陀来迎図 涅槃図 / 大聖不動明王 (智証大師御真筆) |
住所 |
〒311-1301 茨城県東茨城郡大洗町磯浜町5298 |
十夜で知られる潮騒の寺
東茨城郡大洗町は那珂川河口南に位置し、特に夏の行楽客で賑わう海岸町だ。水族館や磯前神社など観光地が多いが、一方でカーフェリー発着の港・大洗港や原子力研究所の存在でも忘れがたい町である。
俊明山無量寿院西福寺は大洗港の近く、磯浜に伽藍を構える由緒深い寺院。 現本堂は明治24年に再建された比較的新しい堂宇ながら、その威容はすばらしく、室町期作寄木造りの本尊・阿弥陀如来像をお守りするだけの迫力が感じられる。
西福寺の開創は寛弘四年(1007)比叡山の恵心院に住していた源信僧都によると寺伝される。
源信僧都は有名な『往生要集』を著し、日本に「お念仏」の考えを展開した高僧で、中国の宋にまでもその名声は届いたという。
当初、西福寺は島田村(現水戸市)にあり、寛永年間には長徳寺・万福院・星光院等の末寺があったことが「磯浜誌」という文献に残されているが、延宝五年(1677)に現在地に移り、水戸十カ寺のひとつとして隆昌を極めることとなる。
以後、数度の大火によりすべての堂塔を失うが、本尊・阿弥陀如来が火難を免れたのは幸いだった。
西福寺のお不動さまは、智証大師円珍の御真筆といわれ、明治3年4月水戸徳川昭武公より拝領、水戸城主徳川頼房公(家康の第九子)御信仰、天海大僧正再開眼の霊尊と伝えられる、武運など前途を切り 開くことに霊験あらたかだった為か開運不動尊と崇められた。
この寺院で最も有名な行事として「十夜」があげられる。
毎年11月に行われるもので、故人の霊を慰め自身の開運を祈願するためのものである。
阿弥陀仏の前で、板塔婆に故人の命日を書いたものを住職が供養してくれる。
「十夜」というのは、浄土三部経のひとつ無量寿経に『十日十夜善を修すれば他方諸仏の国土に於て善を修すること千歳に勝る』とある所からきているのだが、一日だけのお参りでもすばらしい功徳があるという。 是非とも訪れてみたい。
本堂左手には「一隅の碑」と呼ばれる石碑が建つ。 これは天台宗の宗祖・伝教大師が著した山家学生式という本の中に「自分の持場をしっかりと守って世に尽くす人こそ国の宝だ」と述べられていることによる。 迷いの多い現代では、感慨深いお言葉ではないだろうか。
関東ではマリンスポーツや海水浴の聖地として有名な大洗も、仲々に信仰心の厚い地で、西福寺に参詣する人は後を断たないという。 境内のコブシが、満開となるという5月頃は如何なものだろうか。